山越阿弥陀図

「山越阿弥陀図」の類品は全て鎌倉時代に入ってから制作され、代表作として「禅林寺本(国宝)」「京都国立博物館本(国宝)」「金戒光明寺本(重文)」があります。
<山の稜線から阿弥陀如来が上半身をあらわす> という特殊な図柄は、古来の山岳信仰に加えて山の稜線を「此岸と彼岸」を隔てるものとする思想からとされます。

山越阿弥陀図の奇縁
折口信夫と「死者の書」

古代学者・民俗学者・宗教学者・歌人として独自な学風を構築した折口信夫が、冷泉為恭の「山越阿弥陀来迎図」から着想を得て、奈良當麻寺に伝わる中将姫の蓮糸曼陀羅伝説と大津皇子(天武天皇の第三皇子)の史実をモチーフとして小説「死者の書」を発表しました。
冷泉為恭の作品は、不思議な出来事により関東大震災による消失を免れたという事実譚があり、阪神大震災の年に完成して未公開のまま秘蔵されてきた東野作品が、東北大震災から6年を経て初公開されるというのも奇縁です。

<「山越しの阿弥陀像の画因」折口信夫より>
『・・・ある日(地震前日)、一人の紳士が集古館へ現れた。  此画は、ゆっくり拝見したいから、別の処へ出して置いて頂きたいと頼んで帰った。  其とおりはかろうて、そのまま地震の日が来て、忘れたままに、時が過ぎた・・・・どんな不思議よりも我々の、山越しの弥陀を持つようになった過去の因縁ほど不思議なものはまず少い。
  誰ひとり説き明すことなしに過ぎて来た画因が、為恭の絵を借りて、えときを促すように現れて来たものではないだろうか。そんな気がする。  ・・・集古館の山越しの阿弥陀像が一つの不思議を呼び起したというよりも、あの弥陀来迎図を廻って、日本人が持って来た神秘感の源頭が、震火の動揺に刺激せられて、目立って来たという方がほんとうらしい。  なぜこの特殊な弥陀像が、我々の国の芸術遺産として残る様になったか、其解き棄てになった不審が、いつまでも、民族の宗教心・審美観などといえば大げさだが、何かのきっかけには、駭然がいぜんとして目を覚ます、そう謂ったあり様に、おかれてあったのではないか。  だから事に触れて、思いがけなく出て来るのである。・・・』

川本喜八郎が映像化!

人形アニメーション作家の川本喜八郎が、最後の作品として30年の構想を経て「死者の書」を映像化しました。  万物に霊が宿っているという奈良時代の世界観を背景に、人間の執心と解脱を描くとともに、古代日本人の魂や自然への畏敬、敵味方の分け隔てなく死者を敬う考え方などを、現代人に問いかけた作品となっています。

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